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コーポレートストラテジー

【対談前編】 2030年に向けたニコンの挑戦(Forbes JAPAN Web編集長 谷本有香氏xニコン社長 馬立稔和)

【対談前編】 2030年に向けたニコンの挑戦(Forbes JAPAN Web編集長 谷本有香氏xニコン社長 馬立稔和)

テクノロジーの進化とともに、時代は急速に変化を遂げています。さらに2030年に向けて、技術や機械等におけるテクノロジーの進化は加速していくとみられており、結果として人々の生活・人生観や価値観、そして社会の枠組みが変わるなど、社会に大きな変化(メガシフト)が起こると想定されています。そんな来るべき社会において、私たちは人と機械の共創が今まで以上に重要な価値を担うと考えています。

私たちニコンは、100年以上の歴史を通して人と機械との共創関係を紡いできました。そしてこれからの未来において、人と機械の距離をさらに縮め、共創から生まれる新たな価値を社会に届けていく使命があります。そんな想いを込めて、私たちは2030年のありたい姿として、「人と機械が共創する社会の中心企業」と掲げました。そしてその実現に向け、2025年までの中期経営計画を策定・発表しています。

今回は3,000人を超える世界のVIPにインタビューをした経験を持ち、企業の事業創造および変革にも深い知見を持つForbes JAPAN 執行役員Web編集長の谷本有香氏にご協力いただき、ニコン代表取締役 兼 社長執行役員 馬立稔和との対談を通して、ニコンが新たに掲げる「人と機械が共創する社会の中心企業」への想いと構想を紐解いていただきました。前編では主に、2030年に向けた企業の方向性と事業にフォーカスしてご紹介します。

2030年を見据え、ニコンはどう変わろうとしているのか

谷本:激動の時代である昨今、これまでのロジックでは語り尽くせないぐらい大きな変革が起こっていると感じています。そんななか、馬立社長は現状をどのように分析され、どのような危機感を持って2030年を見据えていらっしゃるのでしょうか?

馬立:ニコンという会社は今、まさに分岐点にいます。

従来はデジタルカメラ、さらに半導体やフラットパネルディスプレイの生産に使用する露光装置がビジネスの大半を占めていました。ただ、この2つが長く事業の柱であったために、世の中が大きく動いているにも関わらず、会社として時代の変化に対応した経営ができていませんでした。これまでにも新しい事業を起こそうと何度もチャレンジをしてきましたが、なかなかうまくいかなかったのです。そのため弊社は今、それぞれの事業にどう取り組んでいくべきか、改めて考え直す段階にきています。

一方で、世の中の動きを踏まえると今やAIやロボットといったIT技術は急速に進歩し、機械が人間に近づきつつあります。もしかすると人間の能力を超えてしまうのではないか、と危惧するような状況です。さらにIndustry5.0(第5次産業革命)の到来など、テクノロジーへのシフトはより一層加速すると考えられています。だからこそ、今「この先、世の中と私たちはどうなるのか」ということも、改めて考えていく必要があります。

これらの課題を考えたとき、変化が激しい時代において3、4年先のみを見据えていては狙いが定まらず、会社の事業運営を考えていく上の指針にはなり得ません。もっと先を見据えようと、目標年を2030年に設定しました。

さらに製品の開発は2、3年では終わらず、5~10年と技術開発を行った上で製品化していくというサイクルがあり、そういう面でも長期スパンで考える必要があります。

谷本:なるほど。そんな先にある2030年という世界において御社は「人と機械が共創する社会の中心企業」でありたいと考えていらっしゃるそうですが、具体的に、どういったイメージをお持ちなのでしょうか。

馬立:2030年のニコンのありたい姿を掲げたメッセージの中で、「テクノロジー」ではなく、あえて「機械」という言葉を使っています。私たちは100年以上の歴史の中で、光学機器、顕微鏡やカメラ、精密機械に携わってきました。ですから、「機械」の方がよりニコンのイメージが浮かぶと思いました。

そして今、AIやロボットといった人間が作ったもの自体が人間に近づいている、あるいは超えようとしています。ただ機械が人間を超えたとしても、人間のいる場所がなくなる、仕事がなくなるということはないでしょう。機械ができないクリエイティブなことや、人間が自分の価値観を表現することといった、より創造性の高いレベルの仕事に時間を割くことができるようになるのだと思います。それは人と機械が共に響き合って起きることで、弊社は社会や産業のニーズ・課題に対し、革新的な価値を提供することができると考えています。

私たちは今後、4つの領域で価値提供をしていきます。まずデジタルマニュファクチャリング等を提供するファクトリー。カメラ等に代表されるライフ&エンターテインメント、そしてヘルスケア。今まで試みたことがなかったエネルギーの領域です。

エネルギー領域は少々チャレンジングではありますが、今までは想像もしていなかったような新たなプロジェクトも始めようとしています。

他の領域に関しては、私たちが今まで脈々と築き上げてきたものを何に活かせるかを考えていきます。

これまでお客さまから「こういうことをやってほしい」と言われてチャレンジしたことが多くあります。それは継続しながらも、お客さまの体験価値やイノベーション創出に寄り添うソリューションを提供し、人と機械がよりシームレスに共創していく世界で人間の可能性を広げ、豊かでサステナブルな社会の実現に貢献していきたい。そうした未来の中心にいる企業でありたい。このような想いを「人と機械が共創する社会の中心企業」という言葉に込めています。

100年以上の歴史で培った技術で、「ものづくり」の世界に革新を

谷本:ここ数年でDXという言葉が盛んに叫ばれるようになり、多くの企業はテクノロジーを使って進化をしていく必要に迫られています。そんな中、御社はすでに精緻な技術を持っていらっしゃいます。そんな強みを持っている御社にも、まだ足りないピースがあるのでしょうか?

馬立:そうですね。例えば、人間と比べるとロボットはぎこちない動きをします。でももっと人間が行っていることを理解して、それをロボットの動作につなげていけば、今は人間でしかできないことがロボットでもできるようになるでしょう。

ポイントは、眼と手です。

眼と言えば、ニコンはカメラで培ってきた技術を持っていますし、昔から眼を使って行う動作を補助する機器も扱ってきました。手についても精密技術を蓄積していますので、人間のように器用に動いて、どんなものでも掴めるものを作れるはずです。それがまだ足りないピースの一つで、これからのチャレンジですね。

また、100年以上も脈々と同じ手法のみが活用されている領域で、新たなイノベーションを起こせないかと考えています。例えば、工作機械のデジタルマニュファクチャリングです。現在、機械加工をする際は、さまざまな工作機械を用いた上で熟練工による多くの処理を施す必要があります。しかし、私たちはコンピューターで設計されたデータを流し込めば意図しているものがすぐに出てくる、といったことを実現したいと考えています。実現できれば、同じ装置を持っていれば、地球の裏側でも全く同じものが作れるようになるでしょう。

さらにデジタルマニュファクチャリングでは、1品1品違ったものを作ることもできますから、価値観の多様化に合わせた要望にこまめに、安価に対応できます。このような取り組みを通して、「ものづくり」の世界に革新をもたらし、新たな世界を実現していきたいと思っています。

従来から取り組んでいる、「人に対して豊かな生活を提供する」ことも非常に重要です。今、カメラを通じて人々に写真や動画を撮って楽しんでいただいていますが、さらにデジタルの世界に入り込んでいきたいと考えています。例えば、高品質の画像データを提供し、アバターなどを手軽に作れるようにして、メタバース内で皆さんに楽しんでもらうことにも挑戦しています。これは映像事業の領域でさらに強化していく予定です。

また、ヘルスケア事業にも取り組んでいます。これはもともと弊社が顕微鏡を作って販売していた事業から派生していて、未来の創薬支援につながる製品やサービスを提供しています。実際、再生医療や遺伝子治療用の細胞の開発や生産を弊社が請け負う事業も展開しています。

このような事業を2030年に向けて育てていき、みんなで楽しく暮らす、あるいは健康に長く暮らすことに貢献できる会社になりたい、と思っています。

カメラを売る会社から、サービス・ソリューションを提供する会社へ

谷本:すばらしいですね。感動しながらうかがっておりました。
一方でこれからの時代、製造業も含めて多くの企業が、サービスを提供する企業に変化していく必要があると思います。

お話をうかがっていると、御社は既に人々のウェルビーイングに即する企業になっているのだと思いますし、今後もそのような領域を拡張していくのだと感じていますが、あらためて、カメラの印象が強かった御社は今後ありたい姿で掲げる2030年、そしてその先の未来では、どのような企業になっているのでしょうか?

馬立:今まではカメラや機械といった道具を作って売る会社でありましたが、これからは皆さまの役に立つ、価値あるサービスやソリューションを提供できる会社になりたいと考えています。具体的に、カメラといった道具や創薬支援というかたちで提供することもあれば、面白い動画のコンテンツを作って提供するなど、皆さんが欲しいものを欲しい形で提供できるような会社にしていきたいですね。

後編につづく

※所属、仕事内容は取材当時のものです。