コーポレートストラテジー
業績回復からさらなる成長へ。企業価値向上への取り組みとサステナビリティ経営【IRカンファレンス2022レポート】
2022年12月22日(木)に大手町プレイスカンファレンスセンターで日本IR協議会・日本経済新聞社主催の「IRカンファレンス2022」が開催されました。このイベントの中で行われたパネルディスカッション「企業価値の源泉とサステナビリティ」に、ニコンで取締役 兼 専務執行役員 CFOを務める徳成旨亮が登壇しました。パネルディスカッション内で、ニコンが過去最大の赤字を経てどのように業績回復を実現したのか、投資家とどのような対話を心がけてきたのかなどを説明しました。今回は徳成の発言をもとに、企業価値向上のために変革を重ねてきたニコンのCFOとしての取り組みをご紹介します。
赤字からのV字回復を実現した、3つの戦略
私は2020年の4月、新型コロナウイルスで最初の緊急事態宣言が出された春に、ニコンのCFOとなりました。その年、ニコンは100年を超える歴史で最大の赤字を計上し、株価は620円と過去30年で最低を記録し、株主・投資家の皆様に大変なご心配をおかけしました。
しかし現在では、赤字の状態からV字回復を果たし、株価も2倍程度に復調することができております。そのために私ども経営陣が行ったことは以下の3つです。
まず、1つ目はバランスシートの最適化。持ち合い株を含む有価証券の売却や固定資産の減損計上などを一気に行いました。
2つ目は、2年連続営業赤字だった映像事業の戦略の明確化です。プロ・趣味層向けの中高級機、とりわけミラーレスカメラに注力する、という戦略を徹底しました。おかげさまで、フラッグシップ機であるミラーレスカメラ「Z 9」は大ヒットし、カメラグランプリ2022で大賞に選ばれ、さらに、おしゃれでレトロ感のある「Z fc」が若者や女性に人気となるなど、ニコンの映像事業は完全に復調しました。
3つ目は、新たな収益の柱を立ち上げたことです。現在、最先端の半導体はEUV(極紫外線)という光を用いた露光装置で作られています。また、市場シェアを独占しているオランダのASML社のEUV露光装置で用いられるフォトマスク(シリコンウェハに焼き付ける半導体回路の原板)を検査する装置向けのコンポーネントの開発・製造はニコンが担っています。
このように完成品にこだわることなく、ニコンの技術を活かした部品や光学コンポーネントを提供し、「お客様とともに成長する」というビジネスモデルに注力しました。その結果、新たに設立したビジネスユニットである「コンポーネント事業」の営業利益は、2年前の1億円から2021年度は127億円に急増、今期は180億の見込みとなっています。
投資家コミュニティとの対話を重視し、信頼を回復
こうして業績は回復し、株価は復調したわけですが、株価水準はまだ低くPBR(株価純資産倍率)は1倍未満です。さらなる株価上昇のためには、PER(株価収益率)を高める必要があると考えています。
PERを高めるためには、「資本コスト」を引き下げるとともに、「投資家の期待利益成長率」を高める必要があります。
CFO就任後、投資家にお示しした業績予想はほぼすべてクリアし、公表した株主還元策もすべて実行してまいりました。また、投資家コミュニティとの対話を積極的に行い、ニコンの経営に対する信頼を一定程度回復したのではないかと考えています。
投資家から信頼してもらい、サプライズのない経営をすることは、ニコンの業績に対する投資家の予見可能性を高め、「資本コスト」低減につながる、と考えています。
私は、三菱UFJフィナンシャル・グループのCFO時代から、IRチームのメンバーに「IRは営業だ」と言い続けています。それは、IR活動によって「資本コスト」を下げることができれば、同じ利益でもPERを高め、株価を上げることができる、と考えているからです。
一方、難しいのは「投資家の期待利益成長率」を高める、という点です。すなわち成長領域をしっかりと定め、そこに人的資本や財務資本を投入し、会社全体でそれらの成長領域を育成していくことをコミットし、アピールする必要があります。
ニコンでは成長戦略をサステナビリティ戦略と一体のものとして考えています。そのビジネスが環境や社会課題の解決に役立つのか、という観点が最も重要です。ニコンでは、12のマテリアリティ(重点課題)のひとつである「コア技術による社会価値創造」すなわち、光利用技術や精密技術で環境や社会に貢献することで成長を実現したいと考えています。
サステナビリティ経営と成長戦略を同時に実現
実はニコンは、ESGに関して、同業他社様と比較しても同等以上の高い外部評価を得ています。例えば、世界的なESG投資指標の一つであるDow Jones Sustainability Indices 「DJSI World」の構成銘柄は全世界で332社、日本ではわずか36社ですが、ニコンはESGに優れた企業として5年連続でこの指標に選ばれ続けています。また、国民年金・厚生年金を運用しているGPIFが行っているESG投資においても、ニコン株は女性活躍指数やカーボン・エフィシェント指数など5つの指数すべてに採用されています。(2022年12月22日現在)
こうしたESGへの取り組みをベースに、創造やイノベーションを通じて社会に貢献する、という方針を掲げ、成長戦略を実行しています。
ここで、ニコンが推進しているコア技術を用いた環境(E)・社会(S)の解決の具体的事例として、「光を使った微細加工で社会のエネルギー効率を高める取り組み」についてご紹介します。
ニコンでは独自に開発した「光加工機」によって、全日本空輸株式会社(以下ANA)様の航空機の表面に、海を高速で泳ぐサメの肌に学んだ微細加工を施したフィルムを貼り、流体の抵抗を減らすことで、燃費改善とCO₂排出量の削減を実現しようとしています。理論的には、機体表面の80%にこのフィルムを貼ることによる燃費改善効果は2%、ANA様の航空機に全て採用された場合は、年間、80億円の燃料代と30万トンのCO₂が削減できる、と試算されています。
実際に、2022年10月よりANA Green Jet特別塗装機という緑色にカラーリングされた飛行機が2機飛んでおり、データ収集をさせていただいています。
※ニコンの「光を使った微細加工で社会のエネルギー効率を高める取り組み」に関しては、日本航空株式会社様の航空機でも飛行実証実験を行っています。詳細は、2023年2月28日に発表した「JAL、JAXA、オーウエル、ニコン世界初、塗膜にリブレット形状を施工した航空機で飛行実証試験を実施」をご覧ください。
このように、ニコンはより良い地球環境と社会の実現にコア技術で応えたい、サステナビリティ戦略と成長戦略を同時に実現したい、と考えており、このことを投資家の皆様にお伝えしています。
こうした成長戦略を支えるのは、「経済資本」と「人的資本」です。
まず「経済資本」のアロケーションについてご紹介します。ニコンでは中期経営計画期間中に7,000~8,000億円の配分可能原資を生み出すことできる、と考えています。このうち90%は戦略投資やR&D、設備投資などの成長のために使い、残り10%程度で株主還元を行う、という方針を対外公表しています。
世界初のもの、世の中にないものを生み出すことがニコンのミッションであり、投資家もそれを期待して投資してくださっているものと考えています。したがって研究開発型企業として成長のために約9割の資本を配分する方針を明確にし、それを社内外に宣言しています。
「人的資本」については、従業員の活躍に対してこれまで以上に報いるとともに、高度な専門性を有する多様な人材を継続的に確保するため、2022年9月に従業員の年収水準を現行制度比で平均約3%、一人あたり最大約20%引き上げる方針を発表しました。 また、品川区に本社ビルを建設中です。都心に多くの優秀な人材を集め、多様な能力を最大限に引き出し、2030年に向けて「人と機械が共創する社会の中心企業」でありたいと考えています。
新本社 完成イメージ
CFOである私の役割は、こうした中長期ビジョンや人的資本経営を含む非財務的な改革をできるだけ具体的にわかりやすく投資家の皆様に伝えることにあります。
こうした観点から、ニコンでは2022年5月に初めてIR Dayを開催しましたが、その翌日、株価は7%以上上昇しました。
また、登壇した各事業の担当役員からは、投資家の皆さんに対して自らの言葉で事業内容を語る準備をするなかで成長戦略をよりブラッシュアップすることができた、というポジティブな反応も得ています。
企業と投資家の共創で、日本経済の発展を目指す
私は、企業価値を向上させていくために、投資家の皆さんのお力を借りたいと思っています。
この点について、ニコンの海外の株主で極めてユニークな機関投資家がいらっしゃいます。その投資家さんのリサーチ力は素晴らしく、徹底的にニコンの技術を分析し戦略を理解し、その上で「こんな技術を持った企業と提携したらどうか」といった提案をしてくださいます。
実際、その機関投資家の紹介で、ニコンは海外の遺伝子関係の企業に出資し、ヘルスケア領域で同社と共同でビジネス開発を進めています。この企業には海外の政府系ファンドを含むなど世界中の名だたる企業・投資家が出資していますが、ニコンは同社が上場前に株主となった唯一の日本企業です。
このように、資本市場のプレーヤーである投資家と企業がより緊密に形式にとらわれない深みのある対話を行うことは、企業の成長や経済の拡大に大いに意味があると考えています。
ただし、企業と投資家はお互いの時間軸が違うということを認識することが必要です。世界で戦える企業であり続けたい、世界中で使われる競争力のある製品を生み出していきたい、と考えている日本企業は多いと思います。ニコンにおいても、半導体露光装置やデジタルカメラなど、当時の世界にはなかったものを創り、グローバルで大きなシェアを獲得してきました。
2030年に向けて成長ドライバーに注力
2年前入社した際に「ニコン100年史」でこれらの世の中を変える技術に根差したビジネスを調べてみたところ、構想から利益を生むまで20年程かかっていることが分かりました。
投資家の皆さんには、この時間軸とニコンの戦略をご理解いただき、ぜひ長期的に当社を支えていただきたいと思っています。
一方、CFOとして私は、社内に対して「投資家は一般にそれほど忍耐強くないし、投資期間はせいぜい3年から5年」「したがって、成長ドライバーの黒字化までの時間はずっと短くする必要がある」と訴えています。
このように、CFOは、社内外双方に働きかけ、投資家と企業の時間軸にブリッジを架ける役割を果たすべきなのです。
投資家の皆様と企業が両輪となって日本経済を向上させていく。そうした未来を実現していきたいと考えています。
※所属、仕事内容は取材当時のものです。