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クオリティオブライフ(QOL)

映像制作スキームを一新し、表現に無限の可能性を。ニコンクリエイツが目指す映像表現の未来

映像制作スキームを一新し、表現に無限の可能性を。ニコンクリエイツが目指す映像表現の未来

カメラなどの映像製品だけでなく、クリエイターが想像力と個性を発揮できる場づくりなど、長らく映像表現の発展に寄与してきたニコン。映像表現の可能性をさらに拡げ、次世代映像コンテンツ事業に参入すべく、新たに立ち上げられたのが映像制作会社であるニコンクリエイツです。

今回は、そんなニコンクリエイツの取組にフォーカス。Vision 2030 magazine編集部が東京・平和島にオープンした複数の最新撮影技術が集まる新拠点「平和島ステージ」に潜入!ニコンクリエイツが目指す新たな映像表現の未来に迫ります。

次世代自由視点3D映像が作れる「ボリュメトリックスタジオ」とは

複合撮影施設「平和島ステージ」内でまずご案内いただいたのは、ボリュメトリックスタジオ。「ボリュメトリック」とは、撮影画像から3D空間を再構成する技術のことです。ボリュメトリックスタジオに設置されている、360度100台以上のカメラで構成された次世代自由視点3D映像ボリュメトリックビデオ撮影システム“POLYMOTION STAGE”により、1度の撮影で360度すべての3D映像データを作成できます。カメラの一部にはモーションキャプチャーを撮れるものも含まれています。

360度囲んでいるのはカメラだけではありません。照明もすべての方向に備えられています。その理由は、被写体に影を付けないことだと、ニコンクリエイツ代表取締役である平野さんは説明します。

「被写体の影はあとから消すことができません。作成した3D映像データを自由度高く使うためにも、撮影時のデータはフラットな状態にしておきたい。そのため、全面から照らしています」

野球やサッカー選手などアスリートの詳細な動きなどを、さまざまな角度からより詳細に解析し、活用していくことも可能になります。

また、「ボリュメトリックスタジオの活用により、映像作品の制作スキームが大きく変わる」とも語る平野さん。その一例として、ボリュメトリックスタジオで作成した360度3D映像データの活用例もご紹介いただきました。

「例えば、アーティストのミュージックビデオ(MV)ですね。4人バンドのMVをつくる際、これまでは監督が事前にカメラワークや仕上がりを考えた上で撮影し、バンドメンバー全員が集合して4人の動きが完璧な形になるまで撮影を繰り返し、その上で映像を仕上げていました。制作スキーム上、事前準備が占める割合が大きいわけです。この流れが、ボリュメトリックスタジオの利用で大きく変わります。メンバー一人ひとりの演奏映像を撮影し、そのデータを監督に渡せば、あとは自由自在に角度やサイズ、配置を変えられます。3D映像の特徴は自由視点であることですから。360度のカメラが撮影するため、現場撮影で意識しなければならないカメラマンの映り込みのリスクもなくなります。1回の撮影でいくつものバージョンのMVをつくることもできるのです。以前撮影したMVでは、メンバーそれぞれが別々に撮影を行い、一度も顔を合わせることなくMVを完成させています」

あたかもその場にいるような映像をスタジオで作成可能 「バーチャルプロダクション」×「BOLT」

続いては、バーチャルプロダクションで可能な映像表現について伺いました。バーチャルプロダクションとは、被写体のバックと左右、天井に備えられた巨大な4つの高解像度LEDウォールに映像を映し出し、あたかもその場にいるような映像を撮れる技術のこと。バックのLEDパネルは緩やかにカーブを描いています。「平面ではなくカーブさせることで、カメラをアップにしたときによりリアルなアングルを再現できます」と平野さん。

取材時には、自動車の運転席に平野さんが乗り込み、街中を運転しているかのような映像を撮影しました。左右や天井の高解像度LEDウォールに映像を映し出すことで、車体への風景の自然な映り込みやリアルな光の加減を再現できるのが特徴です。

バーチャルプロダクションでは、思い描いたままに映像を映し出すことで、あらゆる映像表現を可能に。リアルな風景を用いてバーチャルプロダクションで撮影するメリットの一つは、天候や時間を気にせず何度でも撮影できることだといいます。

「たとえば、日の出前や日没後のわずかな時間であるマジックアワーでの撮影ですね。現地で撮影する場合、撮り直せる時間はわずかしかありません。しかし、バーチャルプロダクションであれば、事前にマジックアワーの風景映像さえ用意しておけば、被写体との撮影は何度でも撮り直しができます」

被写体に危険が及ぶロケーションでの撮影も、バーチャルプロダクションが強みを発揮できる一例です。また、日本から海外への瞬間移動といった現実では不可能な映像も背景の切替のみで作成できます。

一方、CG映像を使っての撮影の場合、フルCGとの違いが気になるところです。バーチャルプロダクションで撮影する意義について、平野さんは次のように説明します。

「リアルな被写体CG映像を組み合わせるには、CGソフトでモデリングをして被写体をつくる必要があります。これはなかなか難しいのです。バーチャルプロダクションであれば、背景のみを用意するだけでその場にいるかのような映像を作れます」
また、もう一つの特徴として「インカメラVFX」を挙げる平野さん。インカメラVFXとは、カメラワークに応じて背景画像を連動させる技術のこと。「現場で撮影する場合、被写体に合わせてカメラを動かすと、背景の見え方も変わります。これと同じ感覚を再現できるのがインカメラVFXです。あとから背景画像を作り直すことなく、あたかもその場に本当にいるかのようなリアルな映像が撮影できるのです」

このバーチャルプロダクションと組み合わせることで、よりリアルな映像を作り出せるのが、ニコンのグループ会社であり、英国でロボット提供ソリューションを提供するMark Roberts Motion Control社が提供する高性能カメラロボット「BOLT」です。今回お見せいただいた自動車の運転映像も、バーチャルプロダクションとBOLTとの組み合わせで撮影されました。

BOLTの特徴は、人間には不可能な高速動作ができること。そして、まったく同じ動作を何度でも繰り返せることだといいます。

「手持ちカメラで撮影するにはかなり体勢的に無理なアングルであっても、BOLTなら撮影できます。自動車の撮影ですと、奥から手前にスムーズに引いていくといった映像ですね」

バーチャルプロダクションとBOLTを組み合わせることで、スタジオ内で撮影できる空間映像の幅がぐっと広がります。

「リアルさを追求するには、リアル側での工夫も必要」と語る平野さん。

「先ほど、私はハンドルを映像に合わせて回したり目線を動かしたりといった演技をしています。風を外から当てて髪を流すのもいいでしょう。また、車の揺れを表現するために物理的に車を動かしたり、動いているように見える背景を事前に作っておいたりといった工夫もできます。私たちもよりリアルな映像作成のコツを模索しているところで、クリエイターにとってもそこがやりがいと楽しさを感じられるところなのではないかと思います」

では、ここで紹介したボリュメトリックスタジオ、バーチャルプロダクション、BOLTを用いるとどのような映像が作られるのでしょうか。
ニコンクリエイツではこれらの撮影技術を組み合わせた映像を続々と公開しており、最近ではDef TechのMV制作に携わり大きな反響を呼びました。

動画はこちらからご覧いただけます

目指すは「空間映像」のインフラ企業

複合撮影施設「平和島ステージ」の設備を解説いただいたのち、平野さんと、ニコンクリエイツ詫摩さんにもご登場いただき、あらためてお話を伺いました。

―新しい映像表現の実現に対する想いをお聞かせください。

平野:ニコンクリエイツ立ち上げ以前より、3Dの開発を水面下で進めてきました。スムーズに3D分野に入れたのは、写真を通して画像に深く関わってきた背景があったからでしょう。空間映像分野に参入する上で、必要なノウハウを有していたのは大きい。そこが他社との違いであると思います。

その一つが「何がいい映像なのか」というポリシーを持っていることですね。ニコンは自然な絵作りにこだわりを持ち、これまで開発を進めてきました。そのスタンスは、新しい空間映像表現の追求にも活かされていると思います。

詫摩:今回ご紹介した映像表現は、MVやCMで活用されています。今後はドラマや映画にも導入が進んでいく予定です。

―MRやメタバースなど、新たな映像表現が活用されそうなテクノロジーはさまざまあります。MRやメタバースが必要とされている理由、その未来についてどうお考えですか。

平野:メタバースについては、「コミュニケーションが取れる仮想空間」が大きな定義になると考えています。コミュニケーション手段は、手紙など文字のみの伝達から、音をやり取りできる電話が登場し、画像や映像もやり取りできるようになるといった段階を踏んできました。この延長線上にあるのが「空間」であり、メタバースやMRは流れとして必然性のあるものだと思います。

しかし、空間に関しては技術がまだ100%ではなく、微妙なズレを感じたり酔ってしまったりといったことが見られます。ただ、いずれは技術が上がり、これらの課題もクリアするでしょう。特に先行しているのはゲーム業界ですね。相手と話しながらゲームをする世界がすでにあります。映像を超えた先にある空間に対しても、映像インフラのような形で貢献していきたいというのがニコンクリエイツの想いです。

―未来の映像領域において、ニコンクリエイツはどのような存在でありたいですか。今後行いたい取り組みについてもお聞かせください。

平野:ボリュメトリックスタジオもバーチャルプロダクションも、これまでの映像制作スキームを一新する可能性を秘めた技術だと思っています。むしろ、これまでのスキームを変えていかなければ、真に新しい映像制作は実現しないといってもいいでしょう。

今までにないアイデアや活用法を生み出していただくためにも、これから映像制作の世界に飛び込んでいく若いクリエイターたちに触ってもらえる機会を設けていきたいですね。挑戦したいクリエイターの後押しができたらと思っています。

詫摩:新しい映像表現領域においては、欧米や韓国が進んでおり、日本は残念ながら遅れているのが現状です。これは海外のほうが予算をかけて新しいチャレンジに挑んでいく風土があることも大きいでしょう。日本が世界に追いつき追い越すためには、弊社だけではなく他社と連携して業界全体を底上げしていくことが求められます。

たとえば、ボリュメトリックスタジオでの撮影に使う背景映像は課題の一つです。他社と協調し、ライセンスをある程度設けながらも手軽に使えるコンテンツを用意するといった取り組みを進めるといいだろうと思っています。

平野:私たちは2030年には、空間映像をつくるインフラサービスとして技術を提供できる会社になっていたいですし、映像市場の中に新しく空間映像市場をつくるべく、今後も取り組んでまいります。

※所属、仕事内容は取材当時のものです。